129. 虎の尾を踏む ( とらのおをふむ )
きわめて危険なことのたとえ。虎は猛獣であるから、その尾を踏めばかみ殺される。
【類句】 薄氷を履むが如し
130. 虎の子 ( とらのこ )
虎はその子を非常にかわいがるということから、大切にしまっておいて、手元から離さないもの。
131. 虎の子渡し ( とらのこわたし )
虎が子をつれて川を渡る時のような苦心をすること。苦しい家計のやりくり算段をすることにいう。
中国では虎が子をつれて川を渡る時には非常に苦心をすると伝えられている。
それは虎が三匹の子を産むと、その中の一匹はとてもどう猛でほかの子を食べようとするので、親は川を渡るときはまずそれをくわえて渡り、
前においてきたのを再びくわえて帰って、それから残っていたのを渡し、最後に再びどう猛な一匹を渡すということである。
132. 虎は千里の藪に住む ( とらはせんりのやぶにすむ )
すぐれたものは狭苦しいつまらぬ所にはいないということ。
大望を抱いて郷里を飛び出す青年などの意気をこういったもの。
虎は千里もあるような広いやぶに住んでいる。
133. 虎は千里を行って千里を帰る
( とらはせんりをいってせんりをかえる )
虎のような猛獣でも、子のためには一日に千里行って、また千里を子のところに戻ってくる。
親が子に心を引かれることの強いのをいう。
134. 虎を野に放つ ( とらをのにはなつ )
虎は狭いおりに入れておいてこそ安全であるが、それを広い野に放しては危険この上もない。
猛威を振るうもの、または危険なものを自由にさせて、ますます勢いを振るわせる。
危険なものを除かないで、あとに災いを残すことをいう。
135. 鳥囚われて飛ぶことを忘れず ( とりとらわれてとぶことをわすれず )
だれでも自由を求めぬものはないということ。
かごの中の鳥でもいつかは出て広い自由の天地に飛び立とうとしている。
136. 鳥無き里の蝙蝠 ( とりなきさとのこうもり )
鳥がいない村里の蝙蝠は、自分が鳥でないのに威張って飛び回る、ということから、
優れた人のいない所で、つまらない者が幅をきかせて威張っていること。
【参考】 In the country of the blind, the one-eyed man is king.
【類句】 鼬のなき間の貂誇り
137. 鳥の将に死なんとするその鳴くや哀し
( とりのまさにしなんとするそのなくやかなし )
鳥の鳴き声はいつも楽しく聞こえるが、死にかけた時には、その鳴き声が悲しい。
138. 鳥の両翼車の両輪 ( とりのりょうよくくるまのりょうりん )
両方のものが二つあつまらなければできないこと。
利害関係が非常に密接でお互いに助け合わねばならない間柄をいう。
139. 鳥は木を択べども木は鳥を択ばず
( とりはきをえらべどもきはとりをえらばず )
鳥はどのような木にとまろうかと選ぶことができるが、木の方では動くことができず、どの鳥をとまらそうとすることはできない。
つまり、人には居住の地を選ぶ自由はあるが、地に住む人を好き嫌いする自由はないのである。
そのように臣には君を選ぶ自由はあるが、君には臣を選ぶ自由がないということ。
【参考】 これは孔子が孔文子のもとを去る時の言葉である。
140. 鳥は古巣に帰る ( とりはふるすにかえる )
すべてのものは故郷を思うということ。
141. 取り道あれば抜け道あり ( とりみちあればぬけみちあり )
税をきびしく取り立てようと工夫すれば納める方ではさらにごまかす方法を考えるということで、
互いに相手の上をいこうと工夫することのたとえ。
142. 屠竜の技 ( とりょうのぎ )
竜を殺すわざのこと。非常に巧みであり、あるいは高尚であるが、実際の役に立たない無用の技芸のことをいう。
143. 取るよりかばえ ( とるよりかばえ )
取って来ることを考えるより、取られないように用心せよということ。
144. 取ろう取ろうで取られる ( とろうとろうでとられる )
勝負事などで今日は取ろうと思っても、ついまた取られること。
【類句】 だますだますでだまされる
145. 泥に酔った鮒 ( どろによったふな )
泥水の中であっぷあっぷしているふなのことで、いまにも息がきれそうにあえいでいることのたとえ。
146. 泥棒も十年 ( どろぼうもじゅうねん )
盗み心はだれにでもあるというから、泥棒などは容易のようだが、その泥棒でも十年やらないと一人前にならないということで、
なんにでも長年の修行が必要なことのたとえ。
147. 泥を打てば面へはねる ( どろをうてばつらへはねる )
人を困らせようとすると、その報いが自分に返ってくるものである。
148. 戸を出でずして天下を知る ( とをいでずしててんかをしる )
いちいち出て歩かなくても、いながらにして天下の出来事を知ること。
今流にいえば、新聞あり、テレビあり、インターネットあり、国民のほとんどがニュースにあかるくなっている。
149. 団栗の背競べ ( どんぐりのせいくらべ )
団栗は大きさを比べ合っても大差ないことから、みな同じ程度の能力で、抜きん出て優れたものがない様子。
150. 豚肩豆を掩わず ( とんけんとうをおおわず )
豚の肩の肉を盛ったのが少量のため、器をおおうほどでないという意で、非常に倹約することのたとえ。
晏子が先祖をまつるのに質素であった、という故事による。
【参考】 「豆」は、木製の器(高杯)をいう。
151. 豚児 ( とんじ )
愚かな子供。自分の息子の謙称。
152. 呑舟の魚 ( どんしゅうのうお )
大人物のたとえ。舟を丸呑(まるの)みにするほどの大きな魚。善悪ともに大人物・大物をいう。
153. 呑舟の魚蕩して水を失えば則ち螻蟻に制せらる
( どんしゅうのうおとうしてみずをうしなえばすなわちろうぎにせいせらる )
舟を呑むほどの大魚も水を失えば、けらやありのような微少なものにも自由をおさえられる。
賢者も地位を失えば、つまらぬ者にもはずかしめられること。
「蕩す」は、うごかす、はね出す。「螻蟻」は、けらとありのこと。
154. 呑舟の魚は枝流に游がず ( どんしゅうのうおはしりゅうにおよがず )
舟を呑むような大魚は、細流には泳がない。大人物はつまらない者たちと交わらないことのたとえ。
高遠な志をいだいている人は小事にこだわらないこと。
155. 鈍な子は可愛い ( どんなこはかわいい )
親から見れば愚かな子にはふびんがまして、ひとしお可愛く思われるものだということ。
156. 飛んで火に入る夏の虫 ( とんでひにいるなつのむし )
自分から進んで危険や災難に身を投じる。
157. 鳶に油揚げを攫われる ( とんびにあぶらあげをさらわれる )
大切なものを不意に横合いから奪われて茫然(ぼうぜん)としていることのたとえ。
158. 蜻蛉の鉢巻きで目先が見えぬ
( とんぼのはちまきでめさきがみえぬ )
とんぼの目は頭についているので、鉢巻きをすると目が隠れてしまうことから、目先のきかないことをいう。
159. 貪欲は必ず身を食う ( どんよくはかならずみをくう )
欲が深すぎると、そのためにかえって身を誤ることになる。